英語猫

本以外を読むために、本を読む

「単語の意味は文脈から推測できる」という主張の反例

◆◇◆ どうやれば心は折れないか

 

有識者から何度『A rude awakening / 英単語の勉強法について』(この記事の前に読むことを勧めます)に書いたようなことを聞いても、英単語帳を何冊もこなすような勤勉な活動に移れませんでした。大体の大学生もそうでしょう。大学は娯楽施設として余りに優秀すぎなので、生活にクサビを打ち込まないと堕落し続けます。

 

ではなぜあの記事を書いたのかと言いますと、大学の先を見据えた勉強はそこまでできなかったにしても、僅かに心の片隅に残留した危機感が参考書をひとつふたつ開いてみるきっかけになることを経験していたため、同じことが誰かに起きて欲しいと思ったからです。その類の参考書はモチベーションを継続させるフィードバックを与えてくれます

心理学のシェイピング法*1を知ったとき、何か近いものを感じました。メキシコオリンピックの男子マラソン銀メダリストは苦しくなったときに「次の電柱まで走ろう」と念じたといいますが通じるものがあると思います。

上達に伴って危機感を適切に煽るそのような形、自分のその日の残存根気に合わせてチクチクと刺激する形でないと、心が先に折れて全く手を付けなかったり、数日だけ必死にやってすぐに燃え尽きたりして僕には無理でした。

 

言い換えれば、あなたは英単語を「3000も4000も覚えよう!」と意気込む必要は全くなく「とりあえず10や20覚えてみよう」というところから始めて、不定期に供給される危機感に対して受験で養った職人的なバランス感覚で「次に何を勉強するか(どの本が読めるようになったか)」を決めていくだけでよいということです。僕はこの記事を書くのに果たして何十時間費やしたか分かりませんが、他人がそれだけ手間暇かけたアドバイスより、職人的な自分が能動的に下した教材選択のほうがよほど優れています。その過程で受験参考書よりも一般英語参考書のコーナーに通うことが自然に増えてくるでしょう。その過程であなたは学習者としての判断力の向上を自覚し、ますます確固たる自信を身に着けていくはずです。

 

音声学とか翻訳者のエッセイとかスタイルブックとかマイナーな辞典に出会うと、まるで物語みたいなストーリー性すら錯覚するかもしれません。自分の探していた問題の答えは、あなたが考えてくれていたのか、と。

 

 

◆◇◆ 単語問題で選択肢が1つも分からない恐怖

 

危機感によって学習のモチベーションを与えてくれる参考書とはズバリ英検1級やTOEFLGREの単語問題集もしくはそれらの試験用の英単語帳です。受験を控えていると一番効率が上がります。

一番のオススメは

 

 

英検1級語彙・イディオム問題500 (英検分野別ターゲット)

英検1級語彙・イディオム問題500 (英検分野別ターゲット)

 

 

です。500問ぶん延々と4択の語彙問題が載っています。左ページに問題・右ページに解答の形式なので答え合わせも楽で、4択全ての訳語が巻末に付いているので辞書引きの回数も少なくて済みます。

 

自分がそこまでのレベルに達してないと思うなら、いくら資格試験のレベルを下げてもいいからとにかく単語をテスト形式・問題形式で覚えるということだけは忘れないでください。その点で英検は常に単語問題形式のテストなので助かります。

 

何十問もある4択問題の選択肢の単語が1つたりとも分からない自分に恐らくビックリして、疑念、恐怖、そして好奇心がむくむくと成長してくれることでしょう。後は上に書いた通りです。手元に辞書だけはお忘れなく。

 

 

以上のような驚きを何度か味わってはじめて、日本の大学生は「大学に入ったあとでも英単語の暗記が必要なのだ」という気付いてみれば当たり前の真理にじわじわっと心から納得するのです…が…

 

 

「何十個もある単語が1つたりとも分からない」とはどのような衝撃か今すぐに味わってみたいですか?

 

 

1つ2つ知ってる単語が紛れてしまうかもしれませんが、

ダイジェスト版をお送りしましょう。

 

 

 

 

 

そう、あなたは「measlesはしか」も「filling歯の詰め物」も「purgatory苦行」も「an ace in the holeとっておきの切り札」も「avarice貪欲」も「convocation招集」も「precociousness早熟」も「waver尻込み」も「viaduct陸橋」も「vanguard指導者たち」も「bigot偏屈者」も「depravity堕落」も「cistern貯水タンク」も「masonry石造建築」も「garrulous多弁な」も「reticent寡黙な」も「voracious飽くことを知らない」も「peevishだだをこねる」も「unscrupulous平気で悪事を行なう」も「osmosis([生物学]浸透)」も「treadmill (屋内でウォーキングするための健康器具の一つ)」も「cirque(圏谷と呼ばれる山が削られてできた地形)」も「patina緑青(ろくしょう、青銅などの表面に生じるサビ)」も「alcove(入りこみ、部屋の中で凹型になった場所)」も「deposition(アメリカの裁判における宣誓証書)」知らない。

 

ネイティブの成人が知っている語彙レベルにたどり着くまでに今から覚えなければならない単語は下手したら一万数千ほどある。

 

 

そんな状態にあるくせに、「分からない単語は文脈から推測するものだ」なんて発言を平気でする。その行動が今の学習段階では根本的に誤っていると自覚していない*2

 

 

◆◇◆ 「単語の意味は文脈から推測できる」という主張の反例(重要

 

たとえば、日本語を学習している人がいたとしましょう。

 

「東京タワーの上から町を見下ろして、彼は尻込みした。」

 

という文章を読んで、はたしてその学習者は本当に尻込みの意味を推定できるんですかね?

 

高いところから町を見下ろすときの反応を考えてみると、名詞だけでも感動、落涙、緊張、戦慄、回想、想像、断定、決意、嫌悪、絶頂、思考、開眼、舌打ち、集中などなど、ちょっと考えただけで10数種類くらいは余裕である気がするんですが、あなたはこれらを本当に文脈で切り分けて理解できると思うんですか?落涙のときには目から涙が零れ落ち、緊張のときには体が火照り、舌打ちのときにはチッという他人からあまり好まれない鋭い音が口腔内で生じたと、そこまで親切に文脈に書いてあると本気で思うんですか?

 

 

人間が気ままに書く言葉が、反自然的な行為である第二言語学習に対してそんなに都合の良い構造をしているはずがないと、どうして大学に入れるだけの言語能力を持っている人がまだ信じてないんですか。

 

あなたが受験で英単語をやらざるをえなかった最大の理由は、そういう人間にとって都合の悪い、複雑すぎる現実が存在するからなんです。

だからあなたはことばを覚えるんです。

 

もしかしたら、上で書いたダイジェスト版単語集のうち「寡黙な」の日本語での類義表現が2,3パッと出てこなかったり「飽くことを知らない」と聞いてそれに対応する日本語の熟語や表現が出てこなかったりする、英語以前に日本語の運用能力から問題な人もいるかもしれない。現代の大学生は大抵そうです。そういう人は訳語を引いてからの国語辞典の間を飛び回る処理に相当な時間がかかります。加えてalcoveみたいにそもそも日本語での対応物を知らない場合はウェブを駆使する必要も出てきて更に時間がかかる。

 

覚えなければならない単語は日本語含めて、
受験英語の何分の一、という話ではない。
受験英語の何、という話です。

 

 

a rude awakening :  厳しい現実を思い知らされること

(『口語英語大辞典』朝日出版社

 

 他の訳語としては、不都合なことが起こること、嫌な直感、良くない事実。

 

 

 

◆◇◆ ようこそ 

 

 

 

受験英語の突破おめでとうございます。

いよいよ教育を受けた人たちが使う英語の世界です。

学術英語、相手の説得、詐欺の見破り、高度な記号操作が求められる世界です。

 

この「言葉と第二言語学習の実に不都合な関係」は一度理解すれば当然中の当然なんですが、残念ながらピュアな新入生は幸せの只中にいるためにどんなに自分が読めない文章を読んでもほぼ間違いなく気付けないんです。某先輩が言っていたように大学関係者が自分の失敗談として認識しておらず語る能力を持たないことは問題かと思います。

 

運命を捻じ曲げてこの事実を必死に伝えたところで学習の成否は当人の根気(どれだけ強調しても強調しきれません)、観察能力、工夫次第という感はあります。

人からのアドバイスでは粒度が大きすぎて対応できないです。自分だけの反則チックな能力とか恵まれた人脈とか有り余る時間とか近くに話し相手が居る環境とか何をどう使ってもいいのでやり遂げてください。

 

そしてたとえこの道を遂げられなかったとしても、

培った能力は言語の中で暮らす我々には役立つことでしょう。

 

*1:シェイピング法: 求める行動(机にむかって勉強する(無理無理))をいきなり行うのではなく、それに向かう行動(机に向かう(難しい)、勉強部屋に入る(できるかも)、ペンとノートを持って移動する(余裕っしょ))をしたときに報酬を与えることでその行動を好ましいものとして理解させ、最終的には求める行動の発生確率を増加させる心理学の手法

*2:そんなマニアックな単語は覚えなくていい」という意見もありますが例えばalcoveはGeorge Orwellの『1984』の冒頭(僕が持っている本だとp.11)、主人公がVICTORY ZINという酒を飲んだあとのパラグラフに出てきたのを観測しました。