英英辞典の裏技(階層を読む) / 発想元:『英語辞書をフル活用する7つの鉄則』
(発想元。上掲書1-5.に上位語などの詳細や例があります。なお以下の例と図は僕の創作です)
学習を始めたばかりでは英英辞典など読めないので引く意味はない…という主張は真実です。しかし、その「読めない」が指しているのは「未知語▲▲を引いたとき、その説明に知らない単語が多すぎるので▲▲の意味が読み取れない」という場合のみです。
英英辞典を引くさいに「未知語しか引いてはいけない」とか「引いた単語の意味しか読み取ってはいけない」という無意識が働くことがあります。ですが、実際にはそのような制約はありません。辞書は私たちが最初に思う以上に、様々な引き方・読み方ができます。
未知語を引くことに囚われず、語義を読むことだけに囚われない引き方だとこんなのがあります…と教えてくれるのがこの本です。
有益な話が載りすぎて一読では全て把握しきれませんが、特に英英辞典を初めて引く人に勧めたいテクニックが1つあります。
「すっごい楽しいうえに得られる情報が新鮮で普通のググり方では見つけられないのに、読解面での負担が劇的に少なく手間もまるでかからない」というどう考えても情報教材の詐欺みたいな辞書引きテクニックです。ただし電子辞書か一部のアプリ辞書でしか行なえないので予めご了承下さい。
それは、
既知の見出し語から上位語だけを追って階層を読む
という引き方です。
(何を言っているのか分からなくても大丈夫です。1つずつ説明して行きます。)
◆◇◆ まず、上位語とは
A is a kind of B.「AはBの一種である」
という文のAを下位語(hyponym)、Bを上位語(hypernym)と呼びます。
例えば
Cancer is a kind of disease.「ガンは病気の一種である」
ならばガンが下位語で病気が上位語です。
ガンは病気の一種
や
ガン is a kind of 病気
よりも
ガン∈病気
のほうが簡潔なので慣れてる人はそちらで構いません。
以下はこのA∈Bを「A is a kind of B」の意味で使います。
分かりにくいから勝手な記号を導入しないでほしい…と思われる方も居るかもしれません。確かに使い慣れていない記号を導入されると僕もいつも戸惑います。ですが、単語間の関係を日本語や英語で書いているとあっという間に脳内で扱えないほど複雑になってしまうのです。
実際にどれくらい複雑になるのかは、以下の◆◇◆ 階層とはの項目でやってみます。
◆◇◆ 階層とは
僕がそう呼んでいるだけの概念*1)なので、説明します。
「柴犬 ∈ イヌ」
(柴犬は、イヌの一種である)
や
「柴犬 ∈ イヌ ∈ 動物」
(柴犬は、「動物の一種であるイヌ」の一種である)
や
「柴犬 ∈ イヌ ∈ 動物 ∈ いきもの」
(柴犬は、「『いきものの一種である動物』の一種であるイヌ」の一種である)
など、単語間に∈という関係が存在したとき、それらの単語が位置づけられてできるものの全体のことです。
うう、非常に分かりにくいですね。ということで下に図を用意しました。
【図1: 4つの単語が位置づけられてできた階層】
上の図1のような形をした物を僕は「階層」と読んでいます。
また、「位置づけられる」というのは「位置がある場所に定まり、動かなくなる」ぐらいの意味です。たとえば、図1の「動物」と「イヌ」の位置が逆転することはありえません。「動物はイヌの一種である」という関係は(少なくとも辞書の記述としては)絶対に成り立たないからです。同じように、上に挙げた4単語はどれも入れ替えることはできず、この位置で定まっています。
このように定まった階層(位置関係)を、辞書で読んでいきます。
◆◇◆既知の見出し語から上位語を追って階層を読む
(英英辞典はCollins COBUILD Advanced Dictionary of American EnglishのiPhoneアプリ(物書堂)を用います。タップ1つでウィズダム英和辞典に飛べるため、未知語を引く手間が少ないからです)
例えば見出し語としてsemicolon(セミコロン、「;」のこと)を選ぶと、その語義はこう書いてあります。
A semicolon is the punctuation mark ; which is used ...(略)...
初級者はpunctuation(句読点)が分からず泣きたくなりますが語義を読むのは今回の目的ではないのでA semicolon is the punctuation mark が先ほどの上位語の関係に該当しないか確認します。 is a kind ofは語義中に出てきていませんがセミコロンが句読点の記号の1つであることは既知でしょうから、きっと辞書編集者が疲れていたのだろうと編集の労苦をねぎらってとにかく
semicolons ∈ punctuation marks (セミコロンはpunctuation marks(句読点)の一種だ)
という知識を手に入れます。
ここで既に「 」という階層は読めているので、辞書を読むのを止めても構いません。ですがここでは更に詳細な階層を見れないか試してみます。
上位語であるpunctuation markを指でタップすると、punctuation markを見出し語として語義が書かれた画面に飛びます(ハイパーテキストと呼ばれる仕組みです)。
A punctuation mark is a symbol such as ...
先ほどと同様に
punctuation marks ∈ symbols(句読点はsymbol(記号)の一種だ)
という形の知識を手に入れ、上位語であるsymbolをタップします。
すると今度はsymbolの語義が出てきます。
A symbol ... is a number, letter, or shape that ...
symbol が number か letter か shapeであることが分かります。
ふつう
numbers ∈ shapes (書かれた数字は形の一種である)
だし
letters ∈ shapes (文字は形の一種である)
ですが、この並列の仕方からしてここでのshapeは「数字でも文字でもない形」、例えば三角とかハートマークとかを指してるのだろうと推測します。すると今回考えているsymbolはあくまで句読点の上位語として考えているので、
symbols ∈ letters ((セミコロンなどだけを考えた場合の)記号は文字である)
または
symbols ∈ (文字を含んだ場合のshapes) ((セミコロンなどだけを考えた場合の)記号は形である)
だと判断できます。先ほど手に入れたsemicolons ∈ punctuation marksという知識と合わせると、
semicolons ∈ letters (セミコロンは文字である)
semicolons ∈ (文字を含んだ場合のshapes) (セミコロンは形である)
のような知識も得られます。
◆◇◆ この読み方の何が嬉しいのか
この読み方では最終的に
semicolons ∈ punctuation marks ∈ symbols ∈ ( letters も含んだshapes)
という小さな知識が手に入ります。
もちろん頭に思い浮かぶイメージは「」のような階層です。
この知識は案外に応用性を秘めています。たとえば、
Semicolon is a kind of mark. (セミコロンは記号の一種である)
Semicolon is a kind of symbol. (セミコロンは記号の一種である)
Semicolon is a kind of letter. (セミコロンは文字の一種である)
Semicolon is a kind of shape. (セミコロンは形の一種である)
みたいに文章を大量に取り出せます。もちろんこれは上記のエセ論理的な(機械で処理できるかも程度の)方法で生成した文章なので、実際にナチュラルな文章として使える保証はありませんが、Semicolon is a kind of letter. とは言わなくてもSemicolon is a special letter. It's used for separating two parts of a sentence.ぐらいの応用は考えられます。
これは英作文の練習方法の1つで、英語プレゼンでの簡単な言い換えに役立ちます。
◆◇◆ この読み方の限界と意義
この発想はおそらくWordnetのような「機械に処理させることを念頭に置いた辞書」を使うときのものです。ですので語彙の関係を機械処理可能なレベルまで単純化しています。ある人にとっては「セミコロンは人生」( Semicolon is my life. I have studied it for 50 years.)かもしれません。人間の感情や奇想に関わる部分はまだまだ辞書の外に大量に切捨てられています。
ですが、上の例で実際に英語として読んだのはsemicolon, is, punctuation mark, symbol, number, letter, shapeぐらいですし、これらについては1つの単語の語義にただ目を通して分かるものとは違う知識を調べたことになります。読解量が少ないのに新鮮な知識が得られる。英英辞典にあまり慣れていない段階では理想的な引き方であり学び方だと思います。上位語のみを追うことの意義はそこにあります。
semicolonをIt has a unique shape.とか説明するのって中々思いつきにくいですが、このように階層を読む練習をしておくと「セミコロン…記号…形…おもしろい形」とことばの間を少し自由に動けるようになると思います。
ハイパーテキスト化が進んだ辞書においては、従来のように「最初から最後まで(授業で講師の話を聞くように)目を通す」以外での知識の入手法もあるのだということはもう少し強調されていいです。これを紙の辞書でやることもありますがかなり大変です。それらの情報媒体ではむしろ転読、予読、走読といった紙の辞書のほうが容易なテクニックをメインにして引いたほうが良いかもしれません。
◆◇◆ 第二外国語への応用
英英時点からは話が離れてしまうのですが、例えばロシア語を学習している方は露露辞典を読むときにこのテクニックが絶大な威力を発揮します。500単語ぐらいしか知らない状態でも読める可能性があります。
学習初期だと形容詞を知らなさすぎるのでロシア語で書かれた語義がまともに読めません。そのような場合に、名詞間の関係をたどることは十分に学習の一環として現実的だと思います。他の外国語も然り。
数百円で変える露露辞書などのスマホ辞書(Dict А-ЯやSlovoedなど)が存在する現代は第2外国語を学ぶのにも非常に便利な時代になりました。
英英では「こんな読み方はなあ…」と抵抗感がある方も、第2外国語を学んだときには(すなわち自分の知識が非常に小さい段階では)このような「形式に多くを任せる読み方」に頼ることを考慮したほうが学習が捗るのではないか、と思います。また、国語辞典も予想外の単語がつながるのでお勧めです。
◆◇◆ さいごに
英英辞典に苦手を感じていた人はこの引き方をどう感じて頂けたでしょうか?
新しい引き方で取っ付きにくいかもしれませんが、辞書は単に線形に読む以外にも知識の取り出し方があることを実感して頂ければ幸いです。
こんな感じで、別の記事(『英検1級前後レベルの単語帳7冊と順序(素案) - 読書猫』)だと |д゚)チラッ と触れてるだけみたいな参考書が、自分の現在の志向性や学習段階にベストフィットするみたいなことは多々あります。情報化社会の恩恵です。明治だったらこんな本は絶対に存在しなかったと思います。
だからこそ新入生の皆さんには上の記事で提示した順序で詰まったら、自分の足で「なんかこの説明やたら分かりやすいな」「分かりにくいけど欲しい情報が大量に書いてある」みたいな副読本を探し当てて頂きたいです。そして、もし良ければ僕にも教えて頂けたら嬉しいなと思います。僕の方でも順序の間に挟むべきものを見つけたら追加します。
上掲書は英英に限らず英語辞書全般の使い方と記載の特徴について書かれているので、英和やミニ辞書を使う人にも有益かと思います。あとOALDやCOBUILDの簡単な歴史なども参考になりました(著者はCOBUILD編集者シンクレア氏との交流もあったようです)。